mypace-mywayのブログ

未熟なりに弓道を考えて、わかりにくい事を単純にし、自分の頭の中を整理した道筋を残しながら、迷った時に戻って来る拠り所の場所を作ってみたい。「あの頃はあんな事を考えていたのか?」

弓道を噛み砕く②

色んな知識を得ても修練に一貫性を持つには、全ての事を一様に実践する事は出来ません。個々のフィルターに通して仕分けが必要です。そのフィルターも時には掃除するか、新しい物に交換が必要です。何を篩い落とすかは個人差が有りますが、選択が難しいと思われる場合に射法八節の基本を活用すると助けになるかもしれません。

「手首を使う」事を更に少し深く考えてみましょう。

まず角見を効かすか、矢勢を出すか、弦音を出すか、弓返りさせるかのどれか起こす事を動機にして行うと考えてみましょう。勿論弓力の反動を受けてしまって動く事も有るでしょうが、ひとまず置いておきます。

角見を効かせるという角見は親指の付け根で弓を押す事が結果として起こると捉えているか?能動的に親指の付け根で何かするか?の振り分けに関係します。私の見方は、「押されているから押し返し、縮められているから元に伸びる」です。つまり反動力と反作用。

矢勢についてざっくり言うと、筋肉はより大きな部分を使える方に理が有ると考えられるでしょう。指先の筋肉では当然物足りません。

弦音については色んな鳴り方の根拠が挙がるでしょうが、作為的な音は自然の鳴りに勝てないと思われます。カタカナで表現したくなる様な金属音は和に合いません。勿論主観ですが、和弓に金属は使われていませんね。

弓返りはする派かさせる派かまず選びましょう。私はする派ですが、会のまま離れると手の内の変化は外見からは見えない事が根拠です。

色々思いますが、総体的に弓道の根底には「無心」「和」がある以上、会や離れで起こす行動に意図がある事自体が雑念と考えられるでしょう。「真っ直ぐ引いて真っ直ぐ離す」と言う事は行動では無く、心持ちを言っていると思えば良く、真っ直ぐ引こうとする行動や練習その物の捉え方に矛盾が有ると言えるでしょう。真っ直ぐ引くは素直に引くに言い換えると、射癖の大半はやがて無くなると考えられるのではないでしょうか?

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