mypace-mywayのブログ

未熟なりに弓道を考えて、わかりにくい事を単純にし、自分の頭の中を整理した道筋を残しながら、迷った時に戻って来る拠り所の場所を作ってみたい。「あの頃はあんな事を考えていたのか?」

手の内ととりかけ

手の甲側は力まない方が良いと思っていますが、手指の筋が緊張している(張っている)から手の甲が力んでいる事にはならないと考えています。だからといって手首や他の部分が力んで無いとは言えないのが難しい所でしょう。

筋肉は壊せばその部分がより鍛えられる事が言えます。骨自体は折れると折れた時よりも強くなるのが一般的です。しかし筋を違えたり、関節を痛めると簡単には治りません。

結局、関節は力を入れず、筋には無理をさせない事は長く弓を引く為には頭に置いておきたい事となるでしょう。

手の内は特に手首、取り懸けは肘を大切に考えたい所です。以前からの繰り返しになりますが、身体は力を入れた部分を力を入れたまま動かすと故障の危険性は増します。足の膝にせよ腕の肘にせよ関節を伸ばしていれば自分の体重程度は楽に支えてくれます。

「押手の肘には米一粒の余裕」という様な表現を耳にした事がありますが、それは肘を曲げるのでは無く、関節が曲げられない程度に決まっていれば良く、ギュッと伸ばし切るのでは無いと考えています。「骨を射る」という言葉も別段難しいものでは無く、普段私達がしている事です。立っているときに膝にギュッと力を入れたままの人は居ないでしょう。テレビを見ながら足を投げ出して上腿を腕で支えている時もまた同じです。「膝カックン」なんて昔は友人に仕掛けたものですが、されると分かっていれば膝に力を入れて構える事が出来ますが、力んで立っていないから出来るいたずらです。

ここから弓力が掛かってくると脳が学習して意識した時に力むと考えられるでしょう。これが無駄な力味で、繰り返し身体に負荷が掛かると無意識に力む様になる理屈です。

したがって、弓は力で引くのでは無いと脳に刷り込めると良いのかもしれません。引ける弓、あるいは引いている弓、更には最終的に引きたい弓力が例え25キロから30キロだとしても「自分の体重よりも軽いんだ」位の開き直りも意識改善には有効かもしれません。

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