自分の感性で選ぶ弓道
武道という根を張った太い幹から弓道という比較的太い枝が出て、更に流派という枝ぶりに分かれていきます。
その一つの流派から更に枝分かれして現在では多くの枝に至っているのでしょう。
樹木は身体の中の有害な物を葉先に貯めて落とし、根元で腐葉土を作り出して自らの肥やしとする新陳代謝をしていると聞いています。
選択も取捨選択が正しい考え方だと言えるでしょう。有害とは言えませんが「合う合わない」という事は一応の基準と考えています。良い物全て取り入れる事は器の大きさや時間の面からみても難しいと思います。
ずっと以前ですが、本宮ひろしさん(たぶん)の言った印象に残っている言葉が有ります。「優れた経営者になる人は砂漠の真ん中にポツンと一人で置き去りにされた時、本能的にどちらに行けば良いか判り生き残る事が出来る」という言葉です。今改めてこれを解釈してみると、「選んだ方向に進んでいる途中では何度も本当にこっちで良いのか?と不安な気持ちを持ってもそれを払拭し信じて進む事がブレない人」としています。
枝から枝に飛び移って色々するのも悪く無いかもしれませんが、元々成長してきた自分の枝通りに進んでいき、一つの結果を出す方が鍛錬の方向としては良いと思っています。間違いだったり合わなかったりしたらどうするの?って声も出そうですが、結果は後からしか出ないので、自分の選んだ道を信じて進む事が大切でしょう。少なくとも何らかの結果を得るまでは。それは無駄では無く経験として残るので。一旦振り返り、練習の筋道が一本通っているかは大切で、これは勘では無く知識の裏付けである程度可能です。
拾いたい事、捨てたい事を整理して選択をしていく事が結局の近道となるかもしれません。