mypace-mywayのブログ

未熟なりに弓道を考えて、わかりにくい事を単純にし、自分の頭の中を整理した道筋を残しながら、迷った時に戻って来る拠り所の場所を作ってみたい。「あの頃はあんな事を考えていたのか?」

私の弓道に対する視点の傾向ですが

系統の似ている部分を他に探して弓道と照らし合わせて考える事への意識が少し多いかもしれません。例を挙げてみると

合気道の「朝顔の手の内」

整体方面で「肩のゼロポジション」剣道や柔道など他武道の「自然体の構え」能などの「歩き方」茶道など稽古事で「頭で考えないで自然に手が動くまで反復練習する」という意識解剖学(そんな大袈裟では無く)など「骨格の自然な形や筋肉の正しい動き」野球やテニス諸々スポーツの「構えやインパクトの考え方でスイングで玉に効果的に力を伝える方法」など色々です。

一つの事に精通した人は、いつもと違う何か別の事をしても割に会得が早く出来ると思っています。相対的に身体を動かす事、自分の力を効果的に伝える事には共通点が多いと思っているからです。

私の中では「一つの事しか出来ない」つまり弓道は出来るが他のスポーツは全く駄目なんて事は無いと思っています。何をさせてもそこそこ出来る、これはその人の「器用さ」とは少しニュアンスが違い、身体の正しいあるいは本来の動きが出来るので応用が簡単になると考えています。「そもそも論」という言い方は正しいのかわかりませんが、そんな意識は大切にしたいと私は思っています。

「弓を引く事」はそもそもどういう事か?それと始めた動機など一度自分の喉を通しておくと良いでしょう。私もそうですが、やればやるほど欲が出ます。「やる以上はどこまでも上を目指す」当たり前の様な言葉ですが、もっと力を抜いても良いと思っています。

「健康の為」「中てる為」「趣味嗜好」「精神修養」「ストレス解消」それぞれ理由は自由に選択出来ます。どんな理由でも一樣に認められると思っています。違いが有るからこその良さを求めたいですね。

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