mypace-mywayのブログ

未熟なりに弓道を考えて、わかりにくい事を単純にし、自分の頭の中を整理した道筋を残しながら、迷った時に戻って来る拠り所の場所を作ってみたい。「あの頃はあんな事を考えていたのか?」

弓道 胴造りから打ち起こしまで

射技はそれぞれで射法と体配は共通する事はひとまず前提にして考えます。更に左右均等が有って身体の骨格や仕組みに無理が無い様に射を考え、可能なら道具への知識も足していきます。

例えば「阿波研造」さんが50㌔の弓を引いていた事から考えてみると、力で引く事に限界が有りそうです。

骨格や身体の造りからの立ち姿は、腰骨と膝と踝は垂直に並ぶ事が良いと考えられます。足踏みを的に向けその真上に矢を引いて狙いが付くと考えるなら、その習慣が定着する事で的だけを見て引く事が可能です。弓と弦に割り込むイメージを持ったとしても、引き分けで身体を脇正面に前傾させる事は動作の出発点では無いと考えられます。射はそれぞれの持つイメージで変わります。つまり、身体を真っ直ぐにして自然体の重心を執り、矢筋の働きが的に真っ直ぐなら、無駄な動作は減っていくでしょう。言い換えるなら、矢の向きに飛ばせる為にまた目で見ている所に矢を飛ばせる為に練習すると考えられます。例え話で使ってきた言葉ですが、野球の投手は捕手のミットを見て投げます。相手の裏をかく場合を除いて目標物を見て動作する事が何の運動でも共通するでしょう。例えば球を投げる時に腕を見る人はいません。細かな違いを考えなければ大三で手の内や弽、押手の肘などに目を向ける事は腕を見て投げる事と同じです。これは映像で客観的に見る場合を除けば射位(的前)では当然不適切です。

的芯に視線が有ってそこに矢を飛ばす練習をすると考えて下さい。入木の弓の右側に矢を番えて右上に飛ぶ矢を的に飛ばす練習をします。

ここからが弓道の難しい所ですが、では手の内や離れで真っ直ぐ飛ばすという単純理論にはなりません。したがって、射技は個人個人が自分に合う方法を摸索する必要が出ます。

射法の知識を得て、実際に弓を引く事に依って技術を磨くというスタンスは生涯続けると思われます。技術の進歩に終わりはありません。こうすれば中るのかと安易に射を決めてしまえば先で必ず壁に当たります。いつもの通りに引くと試合などでは聞くと思いますが、それは今の段階で可能な限り地力を出すという意味合いとして考えて下さい。

今手の内や離れの修練が必要か?いつもの通りに引く事で癖が付いてないか?という事を考えて欲しいと思う事が今回の主旨です。それを踏まえていれば手の内で中てるや離れで中てるなどの当て射に陥ることは無いです。これを元に射全体を看ながら手の内や離れは考えて下さい。

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